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IT古典良書を読み解く《第15回》電源を切る方法は何通り必要か

第15回 Joel on Software(ジョエル オン ソフトウェア) 〜その10〜
「電源を切る方法は何通り必要か」


ハトを満腹に出来るか

こんにちは。スクラムマスターの伊藤です。

突然ですが、皆さん今お住いの地域行政にどのような思いをお持ちでしょうか。よくやってくれている素晴らしい市区町村だ。と言う方もいるでしょうが、あれがなっていない これがなっていない 住民税が高い(ごもっとも)など不満を言われる方も多いでしょう。

以前、「最近の若いものは」という言葉はエジプトの壁画にあるという話もしましたが地域行政への不平不満も人類が長らくこぼしている愚痴の一つのようです。

何故、こんな話をしたかというと私の好きなSF作家 星新一がテレビのゲストに呼ばれた際(恐らく昭和40年代)、地方行政の不備を糾弾するような内容でコメントをもとめられ、当たり障りなく発言をしても良かったそうですがこう答えたそうです。

「改善する必要はありません。むしろ、もっと住みにくくするべきです。」

逆張りをしているわけでも炎上を狙っているのでもなく、理由があります。つまり、「ハトを満腹にできるか」ということでした。

どういうことかというと、公園でハトに餌をあげてみましょう。どんどんハトが集まってきます。あそこで餌がもらえるみたいだと群がってくるわけです。しかしながら、餌は有限であり無くなってしまいます。後から来たハトは一口も食べられなかったかもしれません。ハトを満腹にすることは不可能なようです。これと同じことが、人間でも起こっているということです。我が市区町村は住みやすいですよと住民が殺到すれば、全ての住民を満足させることはハトを満腹にさせるように不可能なのに、なんとか答えようと努力しても、批判されるという悪循環です。であれば、むしろ住みにくくして出ていってもらって適正な人口であれば満足する住民サービスが提供できるというものなのかも知れません。

住民が増えれば住民税による収入は増えますが、病院、学校や保育園、交通、人口増による住宅難・価格上昇など一筋縄ではいかないようです。

このように全てのユーザーを満足させることは、ハトを満腹にさせるように困難なことなのかも知れません。今回はJoelが語る失敗事例からこの点について読み解いていきます。

引用: More Joel on Software
97ページ「第14章 選択肢=頭痛」
(原文)
- Choices = Headaches
(日本語アーカイブ)
- https://bit.ly/2TVmB6R

《よもやま話》
ショート・ショートの大家でSF作家 星新一は国語の教科書にも和田誠(妻が平野レミ、息子がトライセラトップスの和田唱 義理の娘が上野樹里という凄い一家ですが)の印象的なイラストと一緒に載っているのでご存知の方も多いかと思います。冒頭のエピソードはエッセイ集に収録されていました。村上春樹など他の作家さんもそうですが、本編が面白い作家さんはエッセイも異様に面白いです。


Windows Vista

Windows Vista(ビスタ)を覚えていますでしょうか? 知らない方も増えているかもしれません。Windowsは成功と失敗を繰り返しているOSと言われていますが表にすると納得してしまいます。

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※個人向け(NTや2000を除外) 事実上まともに日本で使えるようになったWindows3.1から


色んな考察があると思いますが、ひとつの理由が全てのユーザーを満腹にさせようとして返って使いづらくなってしまったということが挙げられます。
その代表がVistaです。XPが人気だったため、発売間隔が他と比べて長いところも興味深いですが、Joelは電源を切るときにVistaの問題が集約されていると考えているようです。

以下のようにボヤいています。

Windows Vistaの「オフ」ボタンをどうするかでUIデザイナやプログラマやテスタたちのチーム全体が熱心に取り組んだだろうことは間違いないと思うのだが、しかし本当にこんな風にしかできなかったのだろうか?

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引用元:「ワニchanのびぎなーずがいど」 電源を切ってみよう
https://www.wanichan.com/beginner/windows/vista/1/1-7.html

なんと選択肢が9つも(電源ボタンとロックボタン含む)あります。
そして、恐ろしいことに電源ボタンはスリープになるだけでシャットダウンされません。電源を切れないOSとして、ある意味Vistaは有名になりました。

《よもやま話》
Windows 9は飛ばされて、Windows10が発売されたのですが、そのことについて質問されると「seven ate nine(セブン・エイト・ナイン=9は7に食われちまったのさ)」とうまいこと言ったのは割と有名なお話。ちなみにWindows 7が7の理由はあまり面白くないです。興味がある方はWikipediaなどでお調べください。


選択肢=頭痛

前述の通り、Windows Vistaではパソコンを使い終わったとき、毎回9つの選択肢から選ぶ必要があります。

アイコンが2つあるため左がシャットダウン 右がロックのショートカットと思いがちですが、左はスリープでした(分かる人がいるのか)。この頃、パソコンは電源を落とさずにスリープで使うという文化を根付かせようとしていた気がします。

ちなみにJoelはノートPCの場合はFnキーとの組み合わせで+4 蓋を閉じる 物理電源ボタンを押すと合わせて15通りあるとも言ってます。

なぜ、こんなことが起きてしまったのでしょうか。Joelは以下のように考察しています。

選択肢が多いほど人は選ぶのが難しくなり、より不幸を感じることになる。たとえば、バリーシュワルツの本『なぜ選ぶたびに後悔するのか―「選択の自由」の落とし穴』を読んでみるといい。(中略)アメリカではより多くの選択肢があること(「イージーフィット)にしますかそれとも「リラックスフィット)にしますか?)は人々をより幸せにするのだと一般的に考えられているが、シュワルツは実際にはそれが逆であることを示し、そんなにたくさんの選択肢があるのは実際には私たちの心理的な幸福感を損ないさえするのだと論じている」

(中略)コンピュータをオフにするたびに毎回少しばかりの不幸せを生み出すことになる。
これはどうにかできないのだろうか? 何かできるはずだ。iPodにはオン/オフのスイッチすらついていないのだ。

本当にJoelはiPodやAppleが好きですが IT古典良書を読み解く《第9回》「Appleと大ヒットを作り出すもの」、スティーブ・ジョブズは市場調査をしないと言われていますが(正確にはしているのですが、普通の企業とは異なるアプローチです)多くの企業は市場調査を行いユーザーがどういった機能を求めているのか調査して、それを反映させようとします。ユーザーの要望は多岐に渡り、全部入れてしまえと取り込むと、何故かユーザーには使いづらい製品が出来上がってしまうのです。

参考までにWindows10で電源を切るときはどうするのかみてみましょう。

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なんと選択肢は3つに!ちなみにWindows XPと同じです。評判が良いOSはシンプルになっているようです。

教訓

それでは、ユーザーを満腹にさせるにはどうしたらいいでしょうか。
幸いソフトウェアはスケールすることが出来るため IT古典良書を読み解く《第13回》ビッグマックとスケーラビリティの問題 餌が無くなるという問題は解決出来るかもしれませんが、ハトと異なり、自治体に住む住民のように趣味嗜好が異なるため満腹ではなく満足させることは簡単ではありません。

ひとつ大事なことは前述した通り、ユーザーの意見を闇雲に取り入れるのではなく機能性とシンプルさを両立させることが大事だと思われます。そこはAppleが得意な部分であり、アレができないコレが出来ないとギーク(知らない人は検索を)から批判されることはありますが大多数の方は問題なく使えているはずです。但し、これにはセンスが問われるため簡単ではありません。

2つほど、解決策を挙げてみたいと思います。

1. 優先度

そもそもソフトウェアで作成した機能の64%は使われないと言われています。Excelの機能を全て使った人がいないように(調べてはいません)、よく使われる機能は限られています。

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引用:「初めてのアジャイル開発」を元に筆者が作成

そこでアジャイル開発風ですが各機能に優先度を付けて、優先度3まで実装するといった決め方をしてしまうのが良いかと思われます。Windows10の電源が「スリープ・再起動・シャットダウン」の3つになったのも恐らくこういった手法が取られているはずです。


2. カスタマイズ

こちらはAppleに対抗してAndroid式解決策とでも言えるかも知れません。Androidは当初何でも出来るが使いづらくて初心者にはとっつきにくいというOSでしたが徐々に洗練されていき、シンプルに使いやすくしつつも実は全ての機能が相変わらず使えてカスタマイズすることで、自由度が増すといった方式になっています。

初めから使える機能はよく使う機能に絞っておきシンプルさを保ちながら、実は全部入りでカスタマイズすることで自由に使えるといった方式です。作るのは大変ですがユーザーが多い場合は適切かもしれません。

ここまで電源を切る方法から、選択肢をどこまで取り込むのかについて読み解いてきましたがいかがだったでしょうか。

選択肢は多くても少なくてもユーザーは不幸を感じてしまうようです。どうやら、3つぐらいから選択することは、それほど迷わず選ぶ楽しさもありそうです。こちらも以前(IT古典良書を読み解く《第10回》「明快ながら役に立たない製品価格付理論」)、触れましたが2択ではなく、3択(松竹梅)にした方がよく売れる(真ん中を選びやすくなる)ことも関係しているかもしれません。
個人的な教訓ですが、「選択肢が多すぎて減らしたいと思った際の最適な選択肢は3つ」(トリビアの種みたいですね。)として締めたいと思います。迷った際の参考にしていただければ。

《よもやま話》

「Windows10ってログオフ出来ないの?」という疑問を持った方、実は電源アイコンではなくログインユーザーアイコンをクリックすると表示されます。これならばJoelもニッコリしているでしょう。

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《この公式ライターのシリーズを読む》 IT古典良書を読み解く

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執筆者プロフィール:伊藤 慶紀
大手SIerにて業務用アプリケーションの開発に従事。ウォーターフォールは何故炎上するのか疑問を感じ、アジャイルに目覚め、一時期、休職してアメリカに語学留学。
Facebookの勢いを目の当たりにしたのち、帰国後、クラウド関連のサービス・プロダクト企画・立ち上げを行う。
その後、ベンチャーに転職し、個人向けアプリ・WebサービスのPM、社内システム刷新など様々なプロジェクト経験を経てSHIFTに入社。
趣味は将棋、ドライブ、ラーメン、読書など

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